ゲノム編集国際サミットの声明は研究者寄りの内容

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photo by Lauren Manning

 

2015年12月1日から3日までアメリカのワシントンD.C.で「ゲノム編集の国際会議」が開催されていました。アメリカ、イギリス、そして中国の科学機関が中心になり、「ゲノム編集」による人の遺伝子の操作を国際的にどのように扱っていくかを、議論するためです。人の受精卵に対してゲノム編集を行った論文が、中国の研究室から提出された話は以前紹介(→人の受精卵の遺伝子が改変されたことについて)しました。この論文がきっかけになったのか、世界各国から研究者が集まり、話し合って、最終的に「ゲノム編集」をどう扱うべきか声明を発表しました。

 

 

このサミットのメンバーを見てみると、生物学者はもちろんのこと、生命倫理・哲学の教授や、医学、法律、幹細胞など様々な研究者が中心となって構成されています。特に一般の人は入っていないようで、研究者としての意見として見ることができます。

重要なポイントはこの4つです。

  1. 「ゲノム編集」で変更した遺伝子を持つ子どもを作らないようにしよう。
  2. 「ゲノム編集」にはリスクがあるので、使い方をちゃんと考えよう。
  3. 「ゲノム編集」の使用をそれぞれの国でしっかり管理しよう。
  4. 「ゲノム編集」の扱いについて継続して話し合っていこう。

ひとつずつ見ていきましょう。 

「ゲノム編集」で変更した遺伝子を持つ子どもを作らないようにしよう。

なによりもこれが大事です。これを明言するためにこのサミットがあったと言っても過言ではありません。編集された遺伝子が代々引き継がれていくことによる影響がどのようなものなのか、誰にもわかりません。もしかしたら問題なく引き継がれていくかもしれません。逆に、致命的な疾患につながるかもしれません。もちろんゲノム編集でどの遺伝子を編集するかによっても影響は変わってきます。つまり、何が起きるかまったくわからないのです。しかし遺伝子が改変された受精卵から人が成長してしまったら、倫理的な問題となるし、差別につながるなど、社会的な問題も発生することでしょう。それらをどう扱うかの準備が全くできていない状態で混乱が起こることを、まずは抑えようという意図が伝わってきます。

 

「ゲノム編集」にはリスクがあるので、使い方をちゃんと考えよう。

「ゲノム編集」は今のところ不完全な技術です。精度は上がっているけど*1まだまだ完全な精度での編集はできません。もし完全な編集ができたとしても、その編集がどのような影響を与えるのかの臨床研究が必要となるでしょう。ゲノム編集を施した体細胞を、0歳の赤ちゃんに移植したところ白血病から回復したという報告もあって、これは奇跡的で素晴らしいことだと思います。とても期待が高まりますし、こういった臨床研究も実際にスタートするようです。*2 しかし、依然として意図しない遺伝子への編集が行われてしまうという事実があるため、実用性と安全性を兼ね備えた「使える」方法とは言えません。なので使い方やメリット・リスクを考えて検討するよう呼びかけています。

 

「ゲノム編集」の使用をそれぞれの国でしっかり管理しよう。

国際的に決定したものでも、実際にどう対処するかは、自国のルールに則って決定されなければなりません。日本の厚生省労働省は「遺伝子治療臨床研究に関する指針」の第一章で明確に「生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」を記しています。*3 今回のサミットでの声明の有る無しに関わらず、日本では人の生殖細胞に関して遺伝子改変を行ってはならないことになっています。しかし、サミットの声明では生殖細胞の遺伝子の改変自体は容認されていますので(声明ではそこから妊娠させるべきではないとされている)、日本の指針とは異なります。

 

「ゲノム編集」の扱いについて継続して話し合っていこう。

一度声明を発表したら終わりではありません。ゲノム編集という技術は発展していきますし、社会の状況も変わっていきます。人類全体で共有されなければならないヒトゲノムに対する編集を、どのように実施していくのか決まりを時代や状況に合わせてつくり、変化させていく必要があります。声明には国際的に話し合いの場を持ち続けるべきだと明記されています。今回は、そういった場をつくることを、米科学アカデミー、米医学アカデミー、英国王立協会、中国科学アカデミーそれぞれに要請しました。そして、このフォーラムには「バイオ医学の科学者、社会科学者、倫理学者、医療従事者、患者とその家族、障害者、政策立案者、規制当局、研究資金提供者、信仰の指導者、公益擁護者、作業界の代表者、および、一般の人たち」を招くべきとしています。大きな影響力を持つ技術が現れた場合はこういった継続的なコミュニケーションをする場が必要になっていくでしょう。

 

まとめ

ゲノム編集という、容易に大きなことができる技術が現れてくると、その技術に対してこういった国際的な会議が開かれることが出てくるかもしれません。世界のその技術に関わる研究者たちが集まりその技術をどう扱うか決めます。次に、そこで決まったことを、各国に持ち帰って国の中でどういう方針や手続きでその技術を扱うか決めます。その指針をしばらく運用して、しばらくしてまた国際的に状況を確認し合います。国内でも確認します。それを繰り返していきます。社会の状況と技術の進歩度合いによって扱い方が変わってきます。その間には常に専門家ではない人が入っていくことが求められます。言うなれば一般的な感覚を取り入れて誰もが納得のいく扱い方を考えます。全員が納得のいくことは不可能ですが一般の感覚に近づけることでコンセンサスを目指すわけです。そういった内容も今回の声明に明記されており、専門家と非専門家間のコミュニケーション部分は今後行われていくと見られます。

今回のサミットでの声明は少し研究者寄りの考えだと読み取れました。遺伝子を改変した人間の受精卵を妊娠から出産につながらないようにしよう、と言っていますが、これは、人の受精卵の遺伝子改変を暗に認めているともとれます。妊娠・出産しなければよいというふうにも読み取れます。日本では既に人の受精卵に関しては遺伝子改変はできませんが、この声明をどう咀嚼するのかと言うところには注目したいです。中国の研究室から発表された論文で行った、成長できない受精卵へゲノム編集施した研究*4はこの声明により正当化されたとも言えます。今後は、研究として行うのであれば人の受精卵遺伝子の編集もやってよいという方向へ向かうのではないでしょうか。もちろん、そのおかげで救われる人が出てくる可能性もあります。これは研究者たちが決めた指針なので研究者たちが最大限にゲノム編集を活用できるようになっているのではと思います。

所属している国によって、ゲノム編集が使える・使えないが決まってくるような状況になっていますが、今回のように国際的な会議が開かれたことがまずはゲノム編集理解への第一歩と言えるでしょう。

 

雑記

このサミット(International Summit on Human Gene Editing)のサイトはよく見てみると、情報量が凄いことになってます。サミットのスケジュールはもちろん、使われたスライドもダウンロードできます。写真(1日目2日目3日目)も公開されているし、サミット中の動画が約九時間分くらい公開されています。かなりオープンに情報公開していて、何も隠すことはないというスタンスが伝わってきていいですね。

 

このエントリーを書くにあたり以下のサイトの日本語訳を参考にさせてもらいました。