実は日本には人の受精卵の遺伝子改変を規制する法律がない

今まで「日本では受精卵の遺伝子改変はやってはいけないことになってる」と言ってきました*1*2が、実はこれ、「やっちゃいけないわけじゃないけど、理由もなくやったら怒るからね」というものでした。つまり、「法律」ではなく、「指針」だったわけです。

法律には法的拘束力がありますが、指針には当然、法的拘束力はありません。

 

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日本では受精卵の遺伝子操作は違法ではない

厚生労働省のサイトにはこのように書かれています。

厚生労働科学研究に関する指針
 厚生労働科学研究を実施される場合には、以下の指針を遵守されるようお願いいたします。
 以下の指針を遵守されず、厚生労働省等から改善指導が行われたにもかかわらず、正当な理由なく改善が認められない場合には、資金提供の打ち切り、未使用研究費等の返還、研究費全額の返還、競争的資金等の交付制限等の措置を講ずることがあり得ます。 

 例えば「遺伝子治療臨床研究に関する指針」の第一章で明確に「生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」を記しています。しかしもし日本の研究者が受精卵の遺伝子を操作して、その子どもが生まれてしまっても、最悪の場合でも研究費の全額返還など資金面で制限が発生するだけです。(もちろんそれだけで十分困りますし、研究者として研究がそれ以降継続できるかどうかはわかりませんが。)

研究費というのは国からもらっているものだけではありませんし、資産家が個人で研究費を出して研究を進めることに関しては何も法的措置がとれません。病院の資産で研究をするということも可能なわけです。

 

受精卵の遺伝子操作に関するルールを法律で定めようという提案@生命倫理専門調査会

2015年12月15日に第93回生命倫理専門調査会が開かれて、先日のゲノム編集国際サミットに参加した、加藤和人氏(大阪大教授)と石井哲也氏(北海道大教授)が以下のような提言をしたそうです。

会議に参加した加藤和人・大阪大教授は「日本も技術の適切な使い方を検討する必要がある」、石井哲也・北海道大教授は「受精卵などを扱う研究や医療を規制する基本法の策定を急ぐべきだ」と提言した。*3

ここでも受精卵を用いた研究や医療を規制する法律の策定の必要性が訴えられています。

石井哲也氏のツイートを引用させていただくと、

「指針」ではなく「法律」をつくろうという考えの方です。

「生殖補助医療の現状」はどうなんでしょうか。こういった生命を扱う技術が「早まった応用あるいは乱用」されている現状があるのかもしれません。

 

今回の生命倫理専門調査会の資料が公開されています。

 

日本には生殖補助医療の法律もない

生殖補助医療、つまり人工授精や体外受精など不妊治療に関する法律も実はないようです。一度は厚生労働省総務省日本学術会議が生殖補助医療の部会や委員会を立ち上げ、報告書を作成したようですが、それらをもとにした法案の国会への提出は見送られました。
このように政府や日本学術会議等で、生殖補助医療の法制度化をめぐる検討がなされてきたものの、依然として生殖補助医療に関する法制度は整備されないままである。*4
それって生殖補助医療で生まれた人たちの立場が明確に定められてないってことですよね。第三者の卵子精子を使った体外受精で生まれた人がいたとして、法律上親子関係をどのようにするのか、自分の出生の経緯や、卵子精子を提供した親のことを知る権利をどうするのか、そもそもそういった技術を国として使っていいのかいけないのかが決められていません。それって国として何のサポートもしないし、何の権利も認めないと言っているようなものなのでは、と疑問に思います。
 

海外では生殖補助医療の法制化が進んでいる

アメリカでは日本と同様に生殖補助医療の法制化が進んでいないようですが(ただ、法律がある州もある)、一方でヨーロッパではかなり早い時期から法律ができているようです。

すでに述べたように海外では1980年代から、生殖補助医療に関する法制度化が進んでいる。例えばスウェーデンでは、1984年に人工授精法Lag (1984:1140) om inseminationが制定され、人工授精によって生まれる子の出自を知る権利を認めている。他にもオーストラリア・ビクトリア州では、1984年に生殖補助医療技術を包括的に規制する法律Infertility (Medical Procedures) Act 1984を制定し、子の出自を知る権利を認めている。*5

 

カナダでは

2004年に「ヒト生殖補助法」(Assisted Human Reproduction Act 2004. 以下「AHR法」という)として制定された。 AHR法では、研究目的の胚の創出、遺伝子改変、生殖クローニング、キメラ、ハイブリッドの作成、性選択は禁止される。また、商業的代理懐胎、配偶子・胚の売買も禁止となる。胚研究については、ES細胞を含め、余剰胚を使用したものならば、認められる。*6

となっており、生殖補助医療法に遺伝子操作に関する規制の内容も含まれているようです。生殖補助医療と、人の遺伝子改変は密接に関わってくるので、これは当然のことです。生殖補助医療とは、人の命を生み出すために行う医療なので、そこには遺伝子レベルのことまで関係してくるのです。
 
(この資料、国内外の生殖補助医療に関して詳しく書かれててすごい。)
 

日本どうした

この資料を見ていると、日本だけ遅れているように見えてきます。ヨーロッパ、カナダ、アメリカの一部の州、オセアニア、中国、香港、台湾、韓国も生殖補助医療や人の胚(受精卵)の扱いについて取り決めた法律を持っています。でも日本にはありません。あるのは指針だけ。もちろん最高裁判所での生殖医療に関する判例や、様々な部会や審議会からの提案もあり、全く法案化への道筋がないというわけではないのですが、法律になるまでは至っていません。こういったものを決めるには時間がかかるとはいえ、その間にも技術が発展して、さらに容易に遺伝子の改変を行える「ゲノム編集」まで現れています。そういった技術の出現は今の流れ出は止めることはできないでしょう。ではどうしたらいいのか。納得できる決まりをつくってそれを守っていくしかありません。そうしなければ、技術の乱用が起きるかもしれません。

「ゲノム編集」が現れたことで、研究者にとっては遺伝子の改変がより身近になり、それを使った研究も増えていくことでしょう。そこからうまれてくる成果に対してどう対処していくのか。言ってしまえば無法地帯ともいえる現状を知って驚いてます。

 

ちなみに日本同様に人の遺伝子改変に関する法律のないアメリカでは、ゲノム編集を遺伝可能な形で人に使用する研究には、公的資金の利用を制限しようとしているようです。

 

その他参考

日本弁護士連合会│Japan Federation of Bar Associations:人の誕生や受精卵・胚に関する先端医療・医科学研究のルール策定を求める決議

 

厚生労働省:生殖補助医療研究目的でのヒト受精胚の作成・利用の在り方について

 

生殖細胞系ゲノム編集の新しい論文を発表 - researchmap

石井哲也氏の論文です。