母と子のマイクロキメリズム

マイクロキメリズムとは・・・?

極小のキメリズムであります。

ではキメリズムとは・・・?

 

簡単に言えば、「キメラ化」のことです。

 

じゃあ、キメラ化とは??

生物学的に言うと、一個体の中に遺伝情報が異なる細胞を持つことです。

 

部分的に違う遺伝子を持っていて、体毛の色が違うキメラマウスや、同様に接ぎ木をすることで一部のみ違う個体由来の枝を持つ木など、色々例はあります。*1

(この定義からすると人の臓器移植もキメラ化と言えるかも)

 

では、母親に起きているマイクロキメリズムとは何でしょうか。

それは、異なる遺伝情報を持つ細胞、つまり胎児の細胞が母親の体内にとどまり続けているということなのです。

 

胎児の細胞が母親の体内に存在している。

マイクロキメリズム (Microchimerism) とは、遺伝的に由来の異なる少数の細胞が体内に定着し存続している現象を指す。*2

正確にはこういう定義です。例えば自分の中に他人の細胞があること。他人に由来する細胞が自分の体内にあるとそれはマイクロキメリズムです。

だったら胎児の体内に母親の細胞が、母親の体内に胎児の細胞があるのもマイクロキメリズムということになります。妊婦と胎児は体が胎盤を通して繋がっているので、お互いの細胞が行き来していると言われても特に違和感なく受け入れられます。免疫系の作用によってそれらが排除されないのは少々疑問ですが、事実、母親の体内からは子どもの細胞が検出されているのです。

 

そのマイクロキメリズムについてScienceNewsで記事になっていました。

 

母と子の、このマイクロキメリズムという不思議な繋がりについて書かれています。いくつかそれに関する学術論文がリンクされているので読んでみました。

 

マイクロキメリズムは何十年も続く。

Male Microchimerism in the Human Female Brain

Chan WF, Gurnot C, Montine TJ, Sonnen JA, Guthrie KA, Nelson JL.
PLoS One. 2012;7(9):e45592. doi: 10.1371/journal.pone.0045592. Epub 2012 Sep 26.

(ヒトの女性の脳で男性のマイクロキメリズム)

 

女性の脳に関して、マイクロキメリズムがどの程度起きているかを研究しています。検出につかったのは男性のY染色体(のDYS14という遺伝子)です。なぜかと言うと、女性の体内でY染色体を発見するのが容易だからです。(女性はY染色体を持たない)

脳脊髄液の中からY染色体が検出されたことから、男性のDNAは血液脳関門を超えることができるのではないかと言っています。また、アルツハイマー病との関連性を調べるために、アルツハイマー病であった女性の脳と、神経疾患のなかった女性の脳でのマイクロキメリズムを脳の部位別に調べています。結果神経疾患のなかった女性の脳でのマイクロキメリズムの割合が多かったです。マイクロキメリズムが有益なのか、有害なのかということははっきりとしたことはわかっていないので、さらに研究が必要とのことです。ちなみに94歳の女性の脳でもマイクロキメリズムが起きていることがわかり、数十年間にわたりマイクロキメリズムが維持するんじゃないかと考えられているようです。

 

傷ついた心臓を直してくれる。

Fetal Cells Traffic to Injured Maternal Myocardium and Undergo Cardiac Differentiation

 

マウスの研究ではありますが、妊娠したマウスに心筋梗塞を起こさせてそのときの心臓付近の細胞の状態を調べました。そうすると胎児由来の細胞が心筋梗塞を起こしていないマウスと比べて多く集まっていたようです。しかもその細胞は50%が心筋の細胞に分化したと考えられます。心筋梗塞を起こした後の心臓の1.7%が胎児由来の細胞でできてい他との報告もされています。また、その心臓の細胞を培養したら、胎児由来の細胞が鼓動もしていたようです。周産期の人では心臓障害からの回復率が高いと言われていますが、もしかしたらおなかの中の赤ちゃんの細胞が、傷ついた心臓を直してくれているのかもしれません。

 

造血幹細胞の移植時の免疫反応にも影響を与えているかもしれない。

Male DNA in female donor apheresis and CD34-enriched products

造血幹細胞の提供者が妊娠を経験した女性だった場合に、移植先の体内での免疫反応で異常が起こるリスクが高いそうです。ただその理由ははっきりとはわかっていません。この論文では成分献血(アフェレーシス)された生成物内にどの程度の胎児の細胞が存在しているかを調べています。最も多く胎児の細胞が存在したのは3人の息子を出産しており、輸血経験のない女性のものでした。その数は357 male gEq/mil。これは100万の血液内の細胞のうち、375個が胎児由来の細胞だったということを意味します。男児の出産経験のある3人の女性からの献血物には雄性のDNAは検出されませんでした。

これらの意味することは、輸血用の血液でもマイクロキメリズムの影響は残っているということです。とくにマイクロキメリズムを起こしている細胞の濃度を1 gEq/mil(100万細胞中1個)としても、造血幹細胞移植のときにはドナー以外の細胞が10000から40000も移植されているということになります。これらがGVHD(移植片対宿主病:免疫細胞が移植されたときに、移植された免疫細胞が移植先の体に対して免疫反応を起こすこと。臓器に対する拒絶反応と逆の反応)に影響しているのではと著者は予想しています。

少し難しかったかもしれませんが、つまり、輸血するときには胎児由来の細胞も一緒に輸血されている可能性があるということが言いたそうです。そしてそれらがもしかしたらGVHDの免疫反応に影響を及ぼしているかもしれない。

もしかしたらつわりも胎児の細胞が引き起こす免疫反応なのではと考えてしまいます。

 

マイクロキメリズムのレビュー論文

Naturally acquired microchimerism

レビュー論文でまとめきれないですが、マイクロキメリズム研究全般の流れがわかると思います。要約によると、主に妊娠とマイクロキメリズムと自己免疫疾患の関係(リウマチが妊娠中に改善するなど)や長期にわたるマイクロキメリズムの影響等にフォーカスを当てているようです。

 

病気と関係もある。

Fetomaternal cell trafficking: A new cause of disease?

要約しか読めないので論文の形態はわかりませんが、マイクロキメリズムと病気の関係について述べられています。特に免疫疾患系との関係。以下に要約から読み取れることを。

  • 妊娠三ヶ月の中絶でも500000の胎児由来の細胞が母体に存在した。 
  • 皮膚内の胎児由来細胞の増加は妊婦の発疹を引き起こした。
  • 胎児由来の細胞が増えることと子癇前症や強皮症、自己免疫疾患との関連がありそう

マイクロキメリズムは良いことばかりではなく、こういった病気にも関連してくるわけです。

 

まとめ

目の前にいる子どもの細胞が母親の体内を生きた状態で存在し続けているというのは不思議な話です。その逆も起きている。あるものは体内を廻り、あるものは特定の部位に留まり、良い影響を及ぼしたり、悪い影響及ぼしたりしている。しかも何十年にもわたって。妊娠経験者がかかりやすい病気との関連は研究が進んできているようです。主観ですが思った以上に胎児由来細胞の数が多いので驚きました。量と影響度の関係や、免疫系との関係、あとは胎児側への影響、進化学的意味付けなど疑問多数ですが、気になる部分はこれからさらに研究が進んでいくのでしょう。

 

その他マイクロキメリズムに関するサイト